――近年は、中小・中堅企業のM&Aが加速していますが、その背景は?
渡部 目立つのは、調剤、医療・介護、IT・ソフトウェア、運送や設備工事といった業界です。後継者不足の企業が後継ぎ探しとしてM&Aを活用するというケースがほとんどを占めています。2014年の帝国データバンクの調査によると、中小・中堅企業の3分の2にあたる65.4%の企業に後継者がいないという結果です。90年代は大企業のM&Aが主流でしたが、2000年以降は中小・中堅企業における事業承継型が増えていて、私の経験からいうと、後継者不在問題には次の4つの原因があります。
① 後継させる子どもがいない
② 後継者となる子どもはいるが、親の会社を継ぐ意思がない
③ 子どもに企業家精神がなく、力量不足のために会社を継がせられない
④ 経営者の器はあるが、業界時代が斜陽産業のため継がせたくない
30年前までは、息子に継がせるのが一般的で、8割以上がそうしていました。ところがいまは、7割が「継がせない」時代になっています。出生率の低下からもわかるように子どもがない、リスクを背負わせたくないなど理由は様々ですが、そういった企業は今後も増えていくと考えられます。当社の案件の場合、売り手企業の経営者の年齢は平均61歳、55歳~65歳がボリュームゾーンですが、体力があり財務が健全なうちに売却しておこうと、先回りしてM&Aを選択する経営者は多く、若年齢化も進んでいます。
また、買収合併というと「経営が傾いて救済を求める」というイメージがありますが、実際はそうでなく、成功している企業でないと買い手はつきません。誰だって、業績の悪いところを買いたいと思いませんから。一方で、成功企業のお子さんは良い大学に進学して一流企業に就職して都会で働くケースが多く、中小・中堅企業とはビジネスに対する考え方も異なり、いざ継いでもうまくいかないことも見受けられるようです。ならば、順調なうちに他の企業に任せてしまいたいと考える経営者が多くなっています。
ただし、近年の事業承継型のM&Aには2パターンがあるようです。
ひとつは、買収合併後も売り手企業の経営者がビジネスに携わり続けるというスタイル。株は譲渡しますが、経営は買い手企業と一緒に行います。ある売り手企業の経営者は東証一部上場企業に譲渡した時点で56歳でしたが、その後は親会社の副社長に就任し、ますます活躍の場を広げました。「資本は売るが仕事からは離れない」というのは、業界再編型M&Aの特徴かもしれません。業界を良くしよう、変えていきたいという時、1人や自社の力が及ばないなら、同じ志を持つ経営者とタッグを組む、息子が社内にいても継がせるのがベストではないと判断した場合は、こういった道を選ぶことがあるようです。
もうひとつは60代の経営者に多く、ずばりセミリタイアが目的というケース。これまでの人生が経営一筋だったので、趣味や旅行を楽しみたい、お子さんが都会にいるなら引っ越すなど、セカンドライフを選んでいます。旅館の経営者が新たに居酒屋を始めるといったことも。元気なうちに悠々自適で好きなことをして過ごしていきたいという理由で、安心して任せられる相手を選び、経営から退くのです。
M&Aに対する環境や意識も変わりました。ひと昔前の買収合併は金額の計算も明確ではなく、高すぎたり安すぎたりすることは珍しくありませんでした。ホテルであれば一室いくら、タクシーだと1台いくらというように、投資対効果の観点がなかったのです。かつてバブル期に日本企業は海外企業を次々と傘下に収めましたが、ほとんどが高値掴みになったのは、こういった背景があるからでしょう。
ところがいまは、我々が策定した計算式を用いることで譲渡価額算定の基準が確立されました。そこからプレミアがつき、高く買う・安く売るということはありますが、適正化がなされています。また、手塩にかけて育ててきた会社の発展・成長のためにM&Aを選ぶというように、ポジティブな理由で売却する経営者が大半を占めています。