ENRICH(エンリッチ)

The Style Concierge

トップコンサルタントに聞く
中小・中堅企業のM&A(後編)

――M&Aを成功させるために、売り手・買い手が注意すべきポイントをお教えください。

渡部 売り手企業は、より多くの買い手を検討すること。相手が一社しかないと交渉面で苦戦します。複数社いることで価格競争が生まれます。

また、自社の強みだけではなく弱みもさらけだした概要書を作成するのもポイントで、とりわけ、弱点を後出しすると不信感を招くだけです。最初からすべてを網羅し、わかりやすい概要書にすることが大事なのではないでしょうか。なかには自社の価値を理解できていない経営者もいますが、そこは我々の力の見せ所です。ただし「感覚的」になりすぎてはいけません。「100年の歴史があるから評価して欲しい」とおっしゃる方もいますが、業績に結びつかないことに評価はできないからです。結果的に、思ったより低い価値で算出され売却を辞める経営者もいますし、10億円と考えていたのが20億円だったというケースもあります。

一方買い手ですが、「こういった会社が必要」と明確にしておくことです。「どんな会社でも良いのがあれば紹介して欲しい」というスタンスでは、本当に素晴らしい案件は舞い込んできません。それに、基本的なことですが、「お金さえ出せばいい」と考えている経営者は、その姿勢を改めるべきです。当然ながら売り手には選ばれません。会社や従業員の未来を託すのですから、誠実さもチェックされるというわけです。

将来へのビジョン、経営に対する考え方も大切なポイント。売り手の経営者は、こういった点を見極めて買い手を絞り込んでいきます。趣味も含めて共感できる部分が多いと、買収金額が安い買い手を選ぶことも珍しくありません。

そういった意味で、経営者同士のコミュニケーションを円滑にするためにも、面談の場には経営者自らが足を運ぶこと。役員や担当者レベルでは話にならないのです。彼らにとっても買収合併を任されるというのはプレッシャーでしかなく、自社の経営が安定しているなら危ない橋は渡りたくありません。むしろ、なかったことにされる可能性もあります。それよりは、社長自らが理念を語ることで気が合ったり、想定よりも安い金額で買収がまとまることも。その際は安く提示するというよりは、適正な価格をロジカルに説明することです。例えば、他社より4000万円低い提示だとしても、買収後の改装費に使う、社員の給与に回すなど、明確な根拠があれば、売り手も納得します。

両者に対していえるのは、じっくりと相手を探しつつも、相手が決まればスピーディに動くことです。結婚と同じで、婚約してから5年は待てないのと同じこと。ジリジリ返事をはぐらかすようでは信用されなくなり、いずれは破談になってしまいます。

ちなみに、売り手企業の経営者は「私が辞めると後追いで辞める社員が出るのでは…」と心配しますが、杞憂に終わることがほとんどで、むしろM&Aを経ると離職率が下がる傾向が多々見受けられます。

そもそも、社員数20人~100人ほどの未上場の企業が大手に買収されると福利厚生が改善されるなど労働環境が良くなりますし、中小企業だと社長の年収が3000万円、多ければ1億円ということも少なくありませんから、彼らが抜けることで経費負担が軽くなり、給与アップという恩恵を受けられるケースもあるのです。

あるドラッグストアの場合、大手に買収された結果、大量仕入れができるようになり、20%のコストダウンが実現できたという話もありました。安く物を売ることができ売上も好調になれば、待遇だって間違いなく良くなります。実のところ、9割の売り手企業の社員給与が改善されているというデータもあるほどです。

人事面でもメリットがあり、経営者が抜けると人事が格上げになった企業もありました。社員同士で交流が生まれ、売り手企業で地方の経営企画担当者が、買い手企業の本社がある東京に異動したケースもあります。スキル・キャリアアップを望む人にとっては、M&Aが足がかりになることもあるのです。

エンリッチ編集部

Return Top