創業者の父親が一代で苦労の末に築き上げて成功し、大きな財産もなしたであろう同族経営の会社を舞台に、その父と現在社長を務めている長女が経営方針をめぐって激しく対立する。そして経営権をめぐる最終的な勝敗を決する場が株主総会になるという映画のような展開となった大塚家具の騒動は、3月27日開かれた株主総会で、長女が率いる会社側の提案が賛成多数で可決され、長女の社長続投が決まった。
「血族の争い」といったイメージによってワイドショーで大きくとりあげられ、お茶の間の主婦層にいたるまで幅広く関心を集めた大塚家具の問題には、メディアの報道では十分に指摘されていなかった3つの重要なポイントがある。ひとつは大塚家具が社会的な責任を持った上場会社であること。ふたつ目は「会社は誰のものであるか」という視点。そして3つ目は成功した経営者がいずれ必ず直面する円滑な事業承継の大切さである。
1.上場会社の責任
まず忘れてはいけないのは、大塚家具はれっきと上場会社であり、株主や取引先、従業員などのステークホルダー(利害関係者)、そして多くの顧客がいるという点だろう。上場企業である以上、これらステークホルダーに大きな責任をもっている。創業者と長女はそれがわかっていながら、長期間にわたって対立を続け、企業価値をみずから下げる結果となった。企業にとってマイナスになることを自らの手で行ってしまったのである。
創業者側、社長側の双方が、株主総会での支持拡大を狙って株式の配当を2倍や3倍に引き上げる「増配合戦」の結果、株価は一時的に上昇する場面もあった。しかし、株主総会以降はやや下落傾向にあり、強い動きが続いている訳ではない。むしろ長期的にみてこうした無理な配当政策は会社の体力を落とすだけで、株主の利益につながるとは言い難い。
企業価値低下の影響は今後、じわじわと噴き出してくる可能性もある。株主総会の様子を伝える報道によると、株主からは「娘と父がけんかしているところから(誰が)家具を買うのか」「会社は一族のものではない。親族の株を買ったつもりはない」などと厳しい声が上がったという。まさにこれこそが率直な株主の反応であろう。騒動でごたごたしている会社から婚礼のお祝いの家具を買うなど「縁起でもない」と考える客がいてもおかしくないだろう。実際、顧客離れが進んでいることは確かなようで、大塚家具の3月の店舗売上高は前年同月に比べて37.8%減少した。会社のイメージ悪化が響いた形である。
2.会社は誰のものか?
「会社は誰のものか」という点を考えることも重要なポイントである。創業者側、長女側の双方が見誤っているのだが、彼らは会社を自分達のものだと思いこんでいるフシがある。同族会社であることを理由に、自分達の論理のみで動いているようにしか見えないからだ。これが同族会社でなかったらどうだっただろうか。おそらく、株主や取引先、顧客などが向ける厳しい目に耐えられず、不毛な対立は続けられないはずだ。
創業者の父が始めたいわゆる「会員制サービス」と、社長である長女の主張する「気軽に入れる店舗」の戦略がビジネスモデルの対立の構図として指摘されているが、考えてみれば、こうした類いの路線対立はどこの企業でも起こりうることである。議論を通じて意見をすりあわせ、解決の道を模索するのが普通の対応だろう。適切な解決の道を探ろうとせず、感情的な対立の中で問題をこじらせた点でも、会社としての「成熟度」に疑問符がつくだろう。
そればかりか、当事者たちはそれぞれに著名な弁護士事務所などと契約しつつ、お気に入りのメディアを巻き込んで、双方の主張を展開する動きが株主総会の直前まで続いていた。
しかし、同族企業だからといって、こうしたことが多くの会社で起きている訳ではない。国税庁の調べでは、日本は資本金1億円未満の同族企業の比率は95%以上で、資本金が5億円超でも60%を超える。そうした企業がみんな経営面で迷走しているかといえば決してそうしたことはない。
3.円滑な事業承継の大切さ
3つ目に注目しなければいけないポイントは、大塚家具は親から子への「事業承継」に明らかに失敗しているという点である。同族会社にとって親の世代から子の世代に経営のバトンを円滑にわたすのは大きな課題であるが、創業者と娘の社長が抜き差しならぬ対立関係に陥った段階で既に失敗しているといえる。
ある信用調査会社大手が集計したデータによると、企業が増収増益を達成する割合は40歳台の社長がいる会社が最も大きいものの、社長が年齢を重ねとその割合はなだらかに減ってゆくという。つまり社長が50代、60代になるにつれて、増収増益を達成する割合は減って行き、70歳を超えると一気に減少する。こうした結果から判断しても、気力や体力、経営感覚なども含めて経営者が70歳を迎えるタイミングは企業経営にとっての大きな節目だといえる。
円滑な事業承継は同族企業やオーナー企業にとっては非常に重要な意味をもってくる。信用調査会社によると企業が無理なく事業承継を行うには最短でも10年はかかるという。様々な手続き、後継者の育成、必要な投資など、時間がかかることはとにかく多い。
大塚家具の場合、創業者の大塚勝久氏は現在71歳だが、これまでの報道を見ると、自分が今後も経営に関わってゆきたいという意向は強いようだ。対する長女の大塚久美子社長は47歳。通常なら事業承継の道筋ができていても良い時期であるが、「不毛な親子げんか」と批判される段階まで事態をこじらせてしまった先の展望は見えにくい。
一企業の内紛がこれほどまでに注目を集めたのは、同族企業の抱える問題とともに、日本的な企業経営が曲がり角にきているという理由があるのかもしれない。成功した多くの中小企業の経営者は、高度成長時代に会社を大きく成長させ、バブルの崩壊を経てもなお生き残ってきたという強烈な自負心がある人が多い。しかし、当然ながら年齢的には70歳前後となって、世代交代の時期を迎えている。しかし過去の成功体験が忘れられず、「若い者にまだまだ任せられない」という意識から、なかなか次の世代にバトンを渡せないでいる。さらに自分の人生観までをも次の世代に押しつけようとして、当然ながら大きな反発をかう場合も多い。成功した経営者こそ、早い段階からいずれ事業を承継する時期がくることを意識し、綿密な計画を建てて実行する必要があるということを大塚家具の騒動は教えているのではないだろうか。
株主総会を終えた大塚家具の次の課題は信頼回復である。社内外の関係者を納得させられるしっかりとした企業統治(ガバナンス)を着実に実行して、顧客の信頼を取り戻してゆく姿勢を見せることが求められているといえる。
TEXT:中河原 実(なかがわら・みのる)