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変わる日本の企業オーナー。株主還元策が強化される背景

エンリッチ 加谷氏 12月-1

企業の利益を、配当や自社株買いという形で株主に還元する動きがこのところ活発になってきている。基本的には企業の資本効率に対する意識の高まりがその背景なのだが、もう少し大きな視点で見ると、インフレや日本市場の縮小などを背景にした資産家の意識の変化というものが少なからず影響している。

カシオは来期、利益の大半を株主に還元

カシオが来期の純利益のほとんどを株主還元に充当するという報道は市場関係者にちょっとした衝撃を与えた。新聞によると、前年度25円だった配当を今期は30円まで引き上げる方針だという。同社の発行済み株式数は約2億7000万株なので、実際に30円に増配されれば、来期の配当総額は80億円となる。

同社は今期、120億円を超える自社株買いを実施しており、これを合わせると株主還元額は200億円を超える。今期の同社の純利益見通しが230億円であることを考えると、利益のほとんどを株主に還元する計算だ。

カシオでは、新聞報道について、正式に決定したものではないとのコメントを出しているが、増配を検討していること自体は認めている。中間決算の説明会でも、株主還元策の強化をうたっているので、実際に増配となる可能性は高いだろう。

日本企業はこれまで、株式の「持ち合い」に代表されるように、株主に対する利益還元の意識が薄かった。これは過去何度も指摘されてきたことだが、従業員から持ち上がりで取締役に就任するサラリーマン経営者が主体の日本企業では、株主還元策について真剣に議論されることがなかったというのが現実である。

だが日本市場の縮小と円安によるインフレは、こうした状況を変える大きなきっかけとなっている。

国内市場の縮小によって、多くの企業が海外に活路を求める以外に選択肢がなくなりつつある。円安による輸入物価の上昇で苦境に立たされる企業がある一方、グローバル展開ができている企業は業績も好調である。

こうしたグローバル企業は、海外投資家からの注目度も高く、企業側も海外の投資家を強く意識するようになる。海外投資家は、高いROE(株主資本利益率)を求めるので、企業側もそれに応じた経営を行う必要性が出てくる。

創業家のスタンスが大きく変わりつつある

だが、このようなグローバル対応という動きは過去にもあった出来事であり、それでも日本企業の資本政策は、ほとんど変化してこなかった。だが今回の変化は従来とは異なり、本格的なものになる可能性が高いといわれている。その理由は、上場企業のオーナーのスタンスが変化してきているからだ。

カシオは、樫尾一族が創業した会社であり、オーナー企業という部類に入る。このほか、アマダ、サンゲツといった企業も利益の大半を株主還元する方針を明らかにしているのだが、両社とも創業家が多数の株式を保有する典型的なオーナー企業である。

これまで企業のオーナー一族は、株式からの配当をそれほど重視してこなかった。配当で儲けるよりも、自ら会社経営に参画し、企業の規模や社会的地位を拡大させることの方が大事だったのである。だがそれは、高度成長期の日本ならではの感覚ともいえる。

日本は成熟社会となり、人口減少による市場の縮小も見えてきた。企業はグローバル展開が求められており、資本と経営を分離した方が、効率的な経営ができる可能性が高くなってきている。企業のオーナー一族は、経営陣として直接経営に関わるよりも、資本家として関与した方がメリットが多くなっているのである。

こうした創業家が、すぐに経営の一線から退くわけではないだろうが、各社が相次いで株主還元策を打ち出していることと、創業家が資本家としての性格を強めていることは決して無関係とはいえない。

加谷珪一

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