ケーススタディから見る、実業家たちの悩みと解決へのプロセス
アメリカと日本のカウンセリングに対する認識や実情の違いについて触れてみたが、ここからはさらに具体的な事例に触れてみよう。なお、各事例については、クライアントから許可を得ている。あるいはプライバシーの観点から本人が特定できないように構成している。
ケース①:父親との関係に苦しむ後継者
向後氏がアメリカ勤務時代に触れたケース。父親が創業した会社を継ぐべく、取締役として入社した息子。とても優秀だが、なぜか父親の前では卑屈になってしまう。ストレスからか気分の浮き沈みも激しく、アルコール以上に危険な依存症に陥ることに……。
「依存症に関しては、しかるべきグループワークに参加して克服するよう促すと同時に、父親との関係を掘り下げていきました。よくある話ですが、これは創業者に対するコンプレックスが原因。ならば『自分はスゴイ』と認識させるしかありません。実際に彼は事業を成長させていて、経営者としての資質は父親以上といって過言でないほど。きちんと実績を認識してもらい、不安を取り除くことで、メンタルは安定していきました」
ケース②:ふたつの戦略悩む経営者
日本での事例。今後の事業方針で、A案とB案という、ふたつの選択肢に迫られた経営者。取締役会ではB案を推す役員が多かったが、どうも腑に落ちない……。
「私は経営のプロではありませんから『こっちがいい』『こうすべき』というアドバイスはできません。ここでは、経営者自身がどうしたいのか話していただき、不安の棚卸しからアプローチを始めました。そこで見てきたのは、なぜB案をためらうのかという理由です。なんと、取締役会の人間関係について掘り下げていったら、実は普段から気に食わない人物がプッシュしているとわかったのです。すなわち、事業方針の選択に悩んでいたはずが、本質は人間関係にあったということ。この経営者は『私が意地を張っていただけ』と自覚した時点でわだかまりが解消され、B案を採用することにしたそうです」
この場合、向後氏は人間関係が根底にあると推察したのだが、それは特定の役員の名前が上がる時だけ、クライアントがしかめ面をしたり目線が泳いだため。それを指摘することで、気づきにつながった。本人の潜在意識を浮き彫りにさせることで悩みを解消させるという、カウンセリングの本質に迫るケースといえるだろう。
ケース③:イエスマンの2代目
父親の会社に勤務する2代目。とにかく周りに嫌われたくないと、何にでもイエスと言ってしまい、取り繕うことばかりを考えてしまう。そんな自分にストレスを感じて、向後氏の元を訪れることに……。
「社長の息子という立場に負い目を感じて、周囲からの要望にノーと言えない。こういった2代目はたくさんいます。自分に嫌気が指しているのですが、『そんなことではダメ』と否定しても、問題は解決されません。むしろ、他の社員を気遣っているわけで、『いずれ、上に立つ資質がある』と前向きにアドバイスをしました。間違っていないと認識してもらう同時に、『いい人でいるべき』というストレスを取り除いてもらうためです」
さらに向後氏は「時にはイヤな奴になってもいい」とも助言。「理不尽なことには、ノーと言うことも評価につながる」とアドバイスして、クライアントもそれを実行することでストレスは軽減されていったそうだ。
このように、経営者やその身内となれば、独特の悩みを抱えていて、それを心の負担に感じている。従業員に対しての不満もあれば、事業計画、業績……挙げていけばキリがない。
また、本格的な経営者になればなるほど、社員や身近な知人・友人に相談することはできなくなる。経営者同士なら悩みを共有できるが、弱みを見せたくない、経営を勘ぐられたくないと考える企業家は少なくないし、情報漏洩のリスクにもつながる。だからこそ、「エグゼクティブほど、孤独を感じている」と向後氏は指摘するのだ。
「心の負担を軽くするために、コンサルティングを気軽に活用してほしいというのが本心。これまで担当したクライアントでも、最初は懐疑的、半信半疑であることが、ほとんどです。ただ、私が彼らの悩みをジャッジするのではなく、単に考えを引き出す、そこからアドバイスをする役目だと理解したら、皆さんカンがいいので、自身が抱える課題を解決するためのパートナー、話し相手として使うようになります。ですから、何かテーマがあるとやってきて、それが片付くと当分は訪れない。また問題が起きれば来るというように、まるで駆け込み寺ですね。これも日本人エグゼクティブの特徴で、公私を問わず悩みがあれば頻繁に訪れるアメリカ人との違いです」