水面下ではすさまじい主導権争い
高田氏はアルノー氏に対して株式を売却する条件として、共同経営者の解任を要求していたという。だが、アルノー氏は「特定の個人の解任を契約書に盛り込むのは道徳的ではない」として書面にすることは拒否。紳士協定ということで、お互いの信頼をベースに買収と解任を進めることになった。
ところが、この紳士協定はなぜか反故にされ、共同経営者は会社に残る結果となってしまった。怒った高田氏は株式を売却すると、自らが育てたKENZOを飛び出してしまった。
アルノー氏に悪意があったのかは何とも言えない。その後、アルノー氏は共同経営者を別のブランドの社長に異動させているので、高田氏とのスジを通したともいえる。ただ、こうした買収劇にまつわる交渉は一筋縄ではいかないということがよく分かる話だ。
同じような交渉をアルノー氏はいくつもこなしており、その結果が複雑な資本関係と企業グループの不透明性につながっていた。今回のディオールの株式移動も同じ図式と考えればよい。
アルノー家は現在、LVMHの株式の約47%(議決権ベースでは過半数)を保有しており、実質的な支配者となっているが、アルノー家が直接保有している株式は約6%しかない。残りの41%はクリスチャン・ディオールを通じて保有しているのだが、アルノー家はディオール社の100%のオーナーではない(現在74%)。
何とも複雑だが、今回は市場から残りの株式を買い付け、アルノー家がディオール社を100%所有するとともに、革製品などを扱う事業子会社クリスチャン・ディオール・クチュールをLVMHの子会社とする。香水などはすでにLVMHの傘下になっていたが、今回の株式移動でディオール事業のすべてがLVMHに集約され、資本関係も整理される。
ディオールの株式を買い付けるため、アルノー家は保有しているエルメスの株式を放出するともいわれている。アルノー家は以前、エルメスの買収にも意欲的だったといわれるが、今回の株式移動によってエルメスの持ち株が減少することから、アルノー家がエルメスを完全に手中に収めることは難しくなるかもしれない。
欧州にはこうしたタイプの資産が多い。華麗に見える彼らも、水面下では会社を売ったり買ったりと、激しい権力闘争を繰り広げている。こうした水面下での駆け引きも、資産家のひとつの側面といえる。
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