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モノの値段に敏感

モノの値段はコストで決まるのではない

以前もこのコラムで解説したことがあるが、モノの値段と品質や希少価値というのは決して比例しない。品質が2倍になったり、希少価値が2倍になると、価格は4倍や6倍に跳ね上がるのが常である。ビジネスや投資の感覚が鈍い人は、たいていの場合、モノの値段についてコスト積み上げで考えてしまう。

コストが2倍になれば、値段もおおよそ2倍になる感覚だが、これではプライシングの世界においては、あまりよい結果をもたらなさない。日本では薄利多売のビジネスから抜け出せない企業も多いが、そうした企業では、たいてい、値段というものをコスト積み上げで考えている。だが、本当の意味で利益率の高いビジネスをしようと思ったら、先に価格を決めるというくらいの大胆さが必要なのだ。

プライシングで成功している企業というのは、通常ならば2万円程度の価値しかないと思われる製品やサービスについて、まずは10万円の値付けを行い、逆に顧客に対してそれを納得させるには何が必要なのか逆算して考え、製品やサービスの付加価値を高めていく。

かつてスイスの時計メーカーは、圧倒的な低価格と高品質をウリにした日本メーカーに駆逐されかかったが、1本1000万円を超えるような極めて高い付加価値を持った高級品路線に切り換え、見事な逆転を果たした。スイス・メーカーの成功例を目の当たりにしても、日本からはこうした超の付く高級ブランドが出ていないところを見ると、やはり日本人の値付けはまだまだということだろう。

投資も同じである。今はかなりの価格となったが、ネット通販世界最大手アマゾンの株価は10年前には今の10分の1程度だった。当時の売上高は300億ドル(3.3兆円)で、やはり今の10分の1の水準である。だが当時からアマゾンの株価は割高であるとの指摘は多く、株価は上がらないと考える個人投資家も多かった。

だが、ほとんどの人が、近い将来、アマゾンは世界最大のスーパーであるウォルマートに匹敵する規模になると考えており、ネット通販の飛躍的な発展を疑問視する人は皆無という状況であった。ちなみに10年前のウォルマートの売上高は40兆円を超えており、今のアマゾンに近い水準である。アマゾンがウォルマートのような存在になるのであれば、10年で10倍程度の成長は確実であり、そうであるならば、株価も10倍になってもおかしくないはずである。

株価というのは将来の期待値を織り込んで形成されるので、今の利益だけが基準になっているわけではない。株価という値段が持つ本質的な意味を考えた場合、アマゾンの株価が10年で10倍になる可能性はそれなりに高かったというのが現実なのである。

株価はそれ以外の要因にも左右されるので、一概には言えないが、10年前、アマゾンの株価が10倍に値上がりすることについて「あってもおかしくない」と考えたのか「あり得ない」と考えたのかの違いは大きい。あってもおかしくないと考えることができた人は、モノの値段についての感性が豊かということになるだろう。

今、ラーメンの値段は1000円程度が標準的だが、あくまでそれは標準的な話でしかない。5000円のラーメンがあってもおかしくないし、一定の条件が整えば、仮に原価は1000円程度であっても、顧客は5000円のラーメンを受け入れるものであり、その付加価値を見つけ出せる人こそが、真のビジネスパーソンである。

*この記事は2020年4月に掲載されたものです

加谷 珪一 (かや けいいち)

経済評論家。東北大学卒業後、投資ファンド運用会社などで企業評価や投資業務に従事。その後、コンサルティング会社を設立し代表に就任。マネーや経済に関するコラムなどの執筆を行う一方で、億単位の資産を運用する個人投資家の顔も持つ。著書「お金持ちの教科書」(阪急コミュニケーションズ)ほか多数。

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