ここ3回のコラムは、シンガポールとその周辺国の話でしたが、今回はシンガポールの話に戻ります。シンガポールは世界中からヒト・モノ・カネを集めることで繁栄を謳歌していますが、今回はヒトについてです。
シンガポールに移住したヒトとして最も有名なのはジム・ロジャーズでしょう。ロジャーズはジョージ・ソロスと組んで、クォンタム・ファンドというヘッジファンドを立ち上げ大成功した投資家です。1980年にジョージ・ソロスと袂を分かった後は、2度にわたる世界旅行をバイクと自動車で行い、どちらの旅行も行程距離がギネス記録となっています。
単に観光をするだけではなく、現地を訪れて成長ポテンシャルを肌で感じたうえで投資を行い、さらに大きな資産を築くことに成功します。現地に足を運ぶことを重視している投資スタイルから、ロジャーズは「冒険投資家」という異名でも知られています。
そして、世界中を旅したロジャーズが居住地に選んだのがシンガポールです。ロジャーズは2002年にシンガポールに移住しましたが、「1800年に英国に、1900年に米国に移住することが正しかったように、2000年に中国に移住することは正しい」と発言しました。21世紀の経済発展の中心がアジアになるという読みから、中国語を子供たちに学ばせるべきというのが、上記の発言の趣旨です。しかし、中国本土や香港は大気汚染がひどく、子供の生活環境として適切でないため、中国語を学べ、生活環境も優れたシンガポールを移住先として選びました。
ロジャーズの存在は、シンガポール政府にとっても非常に大きいものでした。彼が欧米のメディアで繰り返しシンガポールの魅力や、そこから射程に入るアジア経済の成長ポテンシャルを語ったことで、シンガポールのイメージ向上に与えた影響は計りしれないでしょう。
ロジャーズが自分の子供たちをインターナショナルスクールではなく、現地の学校に通わせていることもシンガポールの教育レベルの高さを象徴する出来事として、こちらも世界中のメディアで繰り返し取り上げられています。
ロジャーズに続いて、シンガポールに移住したことで、世界中で話題になった米国人にエドゥアルド・サベリンが居ます。ただ、サベリンのシンガポール移住は、ロジャーズのケースと異なりメディアでは否定的な取り上げられ方をすることが一般的です。
サベリンは、マーク・ザッカーバーグと一緒にハーバード大学の在学中にフェイスブックを創業しました。ただ、その後ザッカーバーグを始め他の創業メンバーと対立し、一時追放されます。しかし、後に裁判により株式持ち分と共同創業者の称号を取り戻します。このあたりの経緯は映画「ソーシャル・ネットワーク」に詳しいです。
そして、サベリンはフェイスブックが上場する直前である2011年に米国籍を放棄し、シンガポールに移住しました。サベリンはブラジル生まれで、ハーバード大学に入学するために米国に来たため、米国で高等教育とシリコンバレーの起業環境を提供したにもかかわらず、上場によるリターンへの税金の支払いをシンガポール移住により回避したという批判が米国市民を中心としておきました。ただ、サベリン本人はシンガポールのメディアでよく取り上げられるのですが、東南アジアを中心としてベンチャー企業にエンジェル投資をすることで楽しく暮らしているようです。
他にも、ニュージーランドで最大の富豪であったファンドマネージャー、リチャード・チャンドラーが移住をしたり、移住はしていないものの一時世界で最も資産が大きい女性であったオーストラリア人、ジーナ・ラインハートが現在の為替レートで50億円ほどの大豪邸をセントーサ島に購入したりと、シンガポールは世界中から著名人を集めています。
日本人でも、HOYAの鈴木洋CEOや、創業したソーシャルゲーム会社をExitし、若くして300億円以上といわれる巨額の資産を築いた梶原吉広氏がシンガポールに移住したことは話題となりました。
このような世界的な大富豪がシンガポールに続々と集まるのは、ここまでこの連載で紹介してきたように、ビジネスに関する規制が少なく、税率が低いことに加えて、優れた教育・医療環境を整えているなどシンガポールの国策が奏功したことの表れといえるでしょう。
日本では、1億円以上の資産を保有する富裕層が海外移住するときに、未実現のキャピタルゲインにも課税する新たな税金が今年の7月に導入される予定ですが、この税金が適用される前に海外移住を完了させたいという日本人富裕層が増えています。
私たちの移住アドバイスのビジネスとしてはありがたいことですが、世界から続々と富裕層を集めるシンガポールと、東京をはじめとした日本の都市から富裕層が流出していることのギャップに、日本経済の先行きに対して不安も感じています。