前回は、チューリッヒの都市としての魅力を中心に紹介しましたが、今回はスイスの税制や移住の制度について焦点をあてたいと思います。チューリッヒを中心にスイスは高度な金融サービスが整備されていることに加えて、大陸欧州の中では税率がかなり低く、さらに外国人であっても居住権を取得しやすいことから、世界の富裕層の人気の移住先となってきました。
スイスの興味深いところは1つの国家ながら、各地方自治体が強い権限を持っていて、税制が州によって大きく異なることです。チューリッヒやジュネーブなど大都市圏の税率はスイスの中で比較的に高く、逆に地方の州では税率が非常に安く設定されています。
所得税で見ると、20万スイスフラン(約2,200万円)の所得がある人に掛かる税率ではツーク州が約10.0%と最も安く、最も税率が高いヌーシャテル州の約23.7%と比較して半分以下にとどまっています。大都市圏ではチューリッヒが約16.7%、ジュネーブが約19.6%、ベルンが約20.5%と、都市圏の中ではチューリッヒ州が比較的安くなっています。
州ごとの税率を比較すると、特にスイス中部の州で低くなっています。この理由は13世紀末のスイス建国の歴史にまでさかのぼります。日本でも知られているウィリアム・テルの伝説にあるように、中部に位置するウーリ州・シュヴィーツ州・ウンターヴァルデン州の3つの州がハプスブルク家の支配に対抗したことに、スイスの起源があるとされています。これらの州は未だにスイス建国に貢献した自分たちの州への誇りを強く持っていて、中央政府の干渉を嫌いなるべく自分たちの裁量で税制などを設定することにこだわりがあるようです。
こうして地方ごとの差異はありながらも総じて税率が低いスイスですが、実はチューリッヒには海外からの富裕層にとって大きな税金上のデメリットが存在しています。スイスではほとんどの州で、海外からの居住者については所得額や資産額ベースの課税ではなく、住居の賃貸価格に基づいて課税額が決まります。納税額は住んでいる家の年間家賃の約5倍です。
月額200万円の豪華な住居で暮らしていたとしても、年間家賃の5倍である1億円強の税額ですみますから、年間の収入が数十億円~数百億円ある富豪にとっては主要先進国の中で極めて低い税率で済みます。この納税方式を一括税といいますが、チューリッヒ州では2009年に住民投票が行われてこの一括税の廃止が決まり、2010年からこの優遇税制がなくなってしまいました。
海外から富裕層が多数押し寄せて、物価が上がってしまったことに対する反感が、一括税の廃止が決まった最大の要因でした。前回のコラムでチューリッヒを代表する富豪として紹介したロシアのビクター・ベクゼルベルグは未だチューリッヒに拠点を置いているようですが、2010年時点でこの優遇税制の対象であった約200人の海外からの富裕層の内、半分近い人が2014年までにチューリッヒから引っ越してしまったようです。