9月に発売開始となったiPhoneの新製品に搭載された広告ブロック機能にネット・メディアが戦々恐々となっている。今のところ任意の機能だが、場合によっては、ネット・ビジネスの仕組みが大きく変わる可能性を秘めている。
今回発表されたのはiPhoneの新製品であるiPhone 6sである。iPhone 6sには、最新OS(基本ソフト)であるiOS 9が搭載されているが、問題となっている広告ブロックはOSに標準搭載されているブラウザSafariの拡張機能によって提供される。Safariの利用者で広告を表示したくない人は、専用のアプリをインストールすれば広告を表示せずにWebサイトを閲覧できる。Web画面の表示に必要とされるデータ量の中で、広告が占める割合は高く、広告ブロックをオンにするとかなり快適にWeb画面を表示できるようになるという。
この話に衝撃を受けているのが、国内のメディア関係者やアフィリエイターと呼ばれるアフィリエイトを収入源にするサイト運営者たちである。全世界におけるiPhoneのシェアはわずか15%だが、日本市場でのシェアは50%に達する。ここまでシェアが高いのは世界でも日本だけである。しかもAndroidのスマホは買い換えが激しく複数台所有の傾向も強いため、出荷本数が実際の利用者数に一致しているのかは定かではない。実際に稼働している端末ベースで見ると、iPhoneのシェアはさらに高くなっている可能性がある。
iPhoneユーザーの多くが広告ブロックを実施してしまうと、広告収入を基本としているサイト運営者にとっては大打撃となるかもしれない。スマホからのアクセスが多いサイトはなおさらだろう。
ただ、今のところ、国内のメディアが本当に大打撃を受けると予想する向きは少ない。広告ブロック機能はあくまでアプリによる拡張であり、最初から広告がブロックされるわけではない。また、広告をクリックする利用者は、広告をあまり嫌がっていない可能性が高く、積極的にはブロック機能を利用しないと考えられる。逆に広告をブロックする利用者は、普段から広告をあまりクリックしていない可能性が高く、メディアにとってそもそも収益源になっていない。ブロック機能があっても、最終的な広告収入には大差がないという解釈が成立する。
ただ、短期的にはそうでも、長期的には違った動きになるとの見方もある。広告ブロック機能を持つスマホが増えてくれば、徐々にではあるが、広告をほぼすべての収益源とするグーグルの経営基盤に影響を及ぼしかねない。アップルは、スマホ市場ではグーグルと競合関係にあることを考えると、長期的にグーグルを弱体化させるためにこの機能を盛り込んだとしても何ら不思議はない。
IT業界に絶大な影響力を持つアップルが、任意とはいえ、広告ブロック機能を搭載してきたという事実は大きい。これまでネット業界はすべてを広告に依存してきたが、こうした広告一辺倒のビジネス・モデルはそろそろ転換点に差し掛かっているのかもしれない。
スマホはパソコンと比較して、より密接に個人と紐付けされている。原理的には、Webサイトの閲覧履歴を管理し、閲覧数に応じて課金するという仕組みを導入すること自体はそれほど難しいことではない。これまでWebメディアは無料であり、広告収入で成り立たせるものというのが常識だったが、その常識は近い将来、様変わりしている可能性がある。そうなってくるとIT業界の主導権を誰が握るのかというパワーゲームも今とは違ったものになっているはずだ。
評論家
東北大学卒業後、投資ファンド運用会社などで企業評価や投資業務に従事、その後、コンサルティング会社を設立し代表に就任。
マネーや経済に関するコラムなどの執筆を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
著書「お金持ちの教科書」(阪急コミュニケーションズ)など。2014年11月28日発売開始
「稼ぐ力を手にするたったひとつの方法」
清流出版 1620円
加谷珪一のブログ http://k-kaya.com