しかし、現在では130万人もの日本人が海外に居住しており、その事情も様々である。特に国内に親族が残っており、何らかの理由で本人の国内口座を利用せざるを得ない人の場合には事態は深刻となる。経済力が乏しくなった親の携帯を子供が肩代わりしているケースや家の賃借を子供が代わりに行っているケースでは、口座に送金できないと生活に支障を来してしまう。
ちなみに、家族など本人以外の名義の口座に送金することは可能だが、今度は税務上の問題が発生する可能性もあり、あまり選択したくない方法だろう。またペイパルといった代替手段を利用することも不可能ではないが、ペイパルの場合には送金を目的として利用は禁止されており、厳密にルールを解釈すると利用できない可能性が高い。
こうした事態が発生してしまうのは、マイナンバーを何のために実施するのかについて政府の各当局がしっかりと認識していないからである。政府は国民の利便性向上のためと説明しているが、もともとマイナンバーが出来上がった経緯は、お金の流れを把握し、徴税を強化するためである。そうであるならば、海外の生活者にもマイナンバーを付与し、金融システムから締め出さないための工夫が必要なはずである。だがそうしたところまでは十分に対策が回っていないのが現実のようである。金融機関は当局からの通達を杓子定規に適用するだけなので、利用者の個別の状況を考慮するということはしないだろう。
マイナンバー制度のこうした杜撰な運用体制は、長期的に見た場合、日本の金融システムに対してマイナスの影響を与える可能性がある。特に海外とのやり取りが多いビジネスマンは、日本に資金を置いたり、海外にお金を移動させることに対して不安を覚える人も多いだろう。何が起こるか分からないという不安は、金融システムの信頼性において大きなマイナス要素である。
海外送金の際にマイナンバーの提示を求めるのは、不正な海外送金を防ぐことが本来の目的なはずである。しかもマイナンバー制度を導入した以上、理論的には国内のお金の流れをすべてシステム的に把握できるはずだ。生活資金を国内に送金したいというごく普通の利用者の送金を制限しなければならないようでは、公平な徴税という本来の目的の実現すら怪しくなってくる。
▼加谷珪一 著
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