各国により異なる
アートの優遇税制
では次に、アメリカ以外の国の税制を解説します。フランスでは1973年に、財務省が価値を認めた美術品を相続税の代わりに物納することで、相続税の負担を免れることができるという制度が生まれました。これは、ピカソが亡くなった際に遺族がピカソの作品を物納することで、作品の散逸を防ぐために創設された制度であるともいわれています。フランスでは過去30年で、約736億円の美術品が国に寄付されています。
同様の制度はイギリスにもあり、過去10年で約500億円相当の美術品が物納されているようです。フランスやイギリスには非常に素晴らしい作品が収蔵された美術館が多数あり、観光客や若手のアーティストを惹きつける要因になっています。相続税の代わりに美術品を国に納める制度を採用することで、個人が築き上げたプライベートコレクションが、公のコレクションになります。価値のある美術品が国に多く所蔵されるということは、その国の強みにもなるのです。
シンガポールでは一時期、国が認めた作品を寄付すると市場価格の3倍もの税額を控除するという制度がありました。アジアにおける美術品を集中的にシンガポールに集めるという国策なのですが、シンガポールの美術館はこのような制度を活用しコレクションを充実させ、非常に大規模な美術館を立ち上げました。
海外に比べて現在の日本の制度では、作品を寄付したとしても税制のメリットが少なく、名声を得られるわけでもないので、上記のような寄付によるパブリックコレクションの充実を図ることは難しいでしょう。優れた美術品を数多く所有しているコレクターが日本にいたとしても、相続時に美術品の評価額が高いと、美術品を売却して相続税を支払うという状況に陥ってしまいます。そうなる前に現金に換価して不動産などを購入する人もいるでしょうし、相続前に海外にコレクションを移してしまう人や、最初から海外でコレクションを収集する人の話も聞くようになってきました。
税制から生まれる
コレクター意識
アメリカを初めとする海外のコレクターが美術品を買うときは、単に「気に入ったから」という理由だけではなく、将来的に国や美術館にとって重要になるであろう作品を見定めた上で購入するケースも多々あります。美術館や国にとって価値のある作品でなければ寄贈を受け付けないケースもあります。つまり、寄付によるメリットを享受できないので、コレクターも自ずと審美眼が高まります。アートの歴史から見て重要となる作品をコレクションする必要性が出てくるのです。
もちろん、そのようなことを一切気にせずに好きな作品をコレクションしていくことも楽しみ方の一つです。ただ、このようなコレクションの仕方もあるということを、ニューヨークで生活する中で何度か垣間見たのでご紹介させていただきました。
コレクションの楽しみ方は千差万別です。ここ数年は、海外からも注目されるコレクターが日本から複数人出てきたことが話題になっています。海外のように若手作家と同世代の20代、30代のコレクターも増えてきており、彼らに続くコレクターが今後も増えることは間違いないでしょう。その際に、海外と同様の税制が整っていたら素晴らしいとは思いませんか。今後の法改正の動向に期待したいと思います。