ニューヨークのエグゼクティブにとって、きちんとした洋服に身を包むことは、ビジネスで成功するために必須条件だといわれる。顧客の信用を得て、売上げを伸ばすために、いいスーツは欠かせないツールなのだ。しかし彼らには時間がない。週末にのんびりショッピングに行っているヒマなどないのだ(というか、そういうライフスタイルではない)。
そこで求められるのが“出張オーダー”である。出張オーダーとは、職場や自宅に生地見本持参で現れ、採寸から商品お届けまでを、すべてまかせられるサービスのことだ。
今回は全米における出張オーダーの最大手、トム・ジェームスのプロフェッショナル・クロージャー、ケン青木さんを“コンシェルジュ”として迎え、出張オーダーとは何か、ニューヨークのエグゼクティブはどんな装いを好むのか、そして日本で出張オーダーを頼むためにはどうしたらいいのかなどを伺った。
今回の Concierge
ケン青木さん(トム・ジェームス プロフェッショナル・クロージャー)
1959年生まれ。トム・ジェームスのプロフェッショナル・クロージャー。繊維大手ダイドーリミテッドを経て、1990年に渡米。以来ニューヨーク在住歴は20年以上となる。日米合わせて400人以上の顧客を持ち、その内訳は、ビジネス・オーナーをはじめ、弁護士、会計士、医師など、多岐にわたるという。
Q
「出張オーダーとは、どういうサービスなのですか?」
A
「顧客のところまで、こちらから出かけて行くオーダーメイドのサービスです」

——出張オーダーというのは、日本ではあまりポピュラーではないと思うのですが、アメリカでは一般的なのでしょうか?
「はい。まず日本とアメリカでは、服装に関する考え方が、根本から違うのです。アメリカでは、特に企業の上層部の人たちは、その会社の広告塔として、“よい服を着ていなければならない”という考え方があります。見栄えをよくするというのも、大切な仕事の一つなのです。ですから、オフィスにテーラーを呼ぶことに抵抗がないのですね。むしろ、周りからも歓迎されます。『ウチのボスがカッコよくなった』と部下も喜び、上司の評価も上がるのです」
——なるほど日本だと、服装は私的なものと思われていて、オフィスにテーラーを呼ぶのはちょっと抵抗があるかもしれませんものね
「アメリカのオフィスは、特にエグゼクティブは、普通個室を持っているという違いも大きいと思います。ゲストを呼びやすいですから。それから私のいるニューヨークでは、市内に投資を兼ねてマンションを買い、ウィークデーはそこからオフィスに通って、週末はコネチカットやロングアイランドなど、郊外にある本宅で過ごすというライフスタイルが人気です。ですから、週末は自然の中で家族と過ごし、ショッピングへ出かけるということをしないのです」
——どういう方が顧客なのでしょうか?
「日米問わず、ビジネスのオーナーをはじめ、企業のエグゼクティブ、弁護士、会計士、医者と行った方々です。私は現在400人ほどの顧客リストを持っていますが、そのうち300人がアメリカ人、残り100人が日本人です。日本人のお客様は、元アメリカ駐在の商社や銀行員という方が多いですね。アメリカの顧客の特徴としては、偉い人ほど朝が早いというのがあります。朝の6時半や7時に採寸に来て欲しいというリクエストはよくあります。トレーダーの人たちなどは、ヨーロッパの市場を追っているので、朝5時頃から仕事をしているのです。逆に日本では、夕方5時以降に来社、というパターンが多いです。」
——日本とアメリカで好みの違いはありますか?
「イタリア流の軽く、柔らかい生地が好まれるというのは、どちらも同じです。ただし日本の方が無難なものをお選びになるのに対して、アメリカ人は、例えば同じ紺でも、人と違うものを欲しがるということはあります。ただし、イタリア発の紳士服のトレンドには、日本のほうが敏感に反応しているようですね」
Q
「トム・ジェームスというのは、どういうブランドなのでしょうか?」
A
「今年で創業50周年を迎える、世界最大のカスタムメイド・メーカーです」

——トム・ジェームスというのは、どういうブランドなのですか?
「創業は今からちょうど50年前の1966年で、もともとはテキサスで教育関係の図書を、ドア・ツー・ドアで売る商売をしていたのです。創業者スペンサー・ヘイズが『セールスマンは、身なりがよくなければいけない』と考え、紳士服の扱いを始めたのが服飾ビジネスのスタートでした。その後、ビジネスの拡大に併せて、さまざまな工場の買収に着手します。イングリッシュ・アメリカン社というアメリカでも一、二を争う歴史を持つ縫製工場をはじめ、スーツの最高峰オックスフォード、シャツのインディビジュアライズド・シャツ、ギットマン・ブラザーズ、ケネス・ゴートン、ネクタイのブラウン&チャーチ、英国のミル、ホーランド&シェリーなどを傘下に収めました。今では売上げ400億円以上、従業員は4000人以上を擁する、世界最大のカスタムメイド・メーカーとなりました」
——それはすごいですね。洋服の特徴は、どんなところにあるのでしょうか?
「多くの縫製工場と生地メーカーを持っているので、まずはそのラインナップが広いところが特徴です。スーツだけで言っても、12のコレクション・ラインがあり、699ドルから2万5000ドルまでのものを扱っています。パールやサファイヤのパウダーを織り込んだ生地や、チョーク・ストライプに顧客の名前を織り込んだ生地をご用意することも可能ですよ。スタイルはベースだけで30種類ほどあり、ポケットや衿型、ボタン位置、ボタンホール、イニシャルなど、数多くのディテールをいじれるので、そのバリエーションは無限だと言えます」
——アメリカの服としての、特徴はありますか?
「アメリカ製ならではの“味”があると思います。日本の服にはない匂いを求めている人には、特におすすめです。具体的に言うと、いわゆる蹴回し(裾周り)がキレイなラインを描いていて、丸みがあるのです。背中にも丸みがある。これは特に恰幅のいい人が着ると、スタイルがよく見えるのです」