靴道楽の終着点といえば、ビスポーク・シューズである。まるでガラスの靴を履いたシンデレラのように、足にぴったりと合った靴を履く快感は、一度知ったら止められない。また既成靴では得られないさまざまな素材やデザインをチョイスして、自分だけの一足を作る楽しみもある。
最近は、日本にも腕のいい靴職人が増えた。わざわざ海外から、日本へ靴をオーダーしにやってくる旅行客もたくさんいる。いつのまにか日本は、オーダー靴大国となっていたのだ。そんな国に住んでいて、ビスポーク・シューズを試さないのはもったいない。
そこで今回は、日本に初めて本格ビスポークを紹介し、過去20年にわたって業界をリードしてきたパイオニアに話を聞いた。初めてビスポークに挑戦しようとする方にこそ読んで頂きたい、役立つハウツーが満載である。
今回の Concierge
山口千尋さん(ギルド オブ クラフツ代表取締役)
1960年、大阪府生まれ。シューズブランドにて企画を担当した後、86年、渡英。名門靴学校コードウェイナーズにて学ぶ。91年、帰国。フリーデザイナーとして活躍しつつ、96年、ギルド オブ クラフツ設立。英国風本格ビスポーク・シューズの製作を始める。99年、靴学校サルワカ・ウットウエア・カレッジ開校。今までに300人以上の卒業生を輩出する。現在は浅草に工房、銀座にショップを構える他、香港のアタイアハウスをはじめ、世界中に進出。各国にファンを持つ、日本を代表する靴職人である。
Q
「オーダーメイドと既成靴、何が一番違いますか?」
A
「いまやオーダーにもさまざまな種類があるのです」
——オーダーメイドと既成靴は、一体何が一番違うのでしょうか?
「一口にオーダー、ビスポークと言っても、今はいろいろな定義があるので、一概にはいえません。注文を受けてから製作を始めれば、すべてオーダーメイドといえます。
しかしオーダーにも、大きくわけると2種類あるのです。ひとつはパターンオーダーです。あらかじめ決められたスタイルを選んで、それに好きな素材やディテールを載せていくものです。基本的にそれぞれの人に合わせたラスト(木型)は作りません。その代わり、コストは抑えられます。一般的にこのラインをMTO(エムティーオー)と呼んでいます」
——もうひとつは何ですか?
「本当の意味でのビスポーク、フルオーダーと呼ばれるものです。それぞれのお客様に合わせたラストを、ひとつひとつ作ることが最大の特徴です。当然コストは高くなりますが、どんなデザイン、ディテールでもお好みのままにお作りできます。われわれはこのラインをラスト・ホルダーと呼んでいます」
——なるほど、ギルドでは、パターンオーとフルオーダー、どちらもおやりになっているのですね?
「ギルドでは、ビスポークからパターンオーダーまで、幅広く展開しています。またそれぞれの中に、またいくつか種類を設けているので、お客様のニーズと予算に合った一足をオーダーして頂けます」
——既成靴は、おやりになっていないのですか?
「実は来シーズンより、初めて既成靴を手掛けることになりました。形は黒のストレートチップ1本です。その代わりナローとワイドの二つのフィットを選べるようにしました。シューツリー込みで11万円はリーズナブルだと思います。こちらはグッドイヤー製法となります。
Q
「同じオーダーでも、いろいろな種類があるのですね?」
A
「はい、ギルドでは、全部で6種類のオーダー方法をご用意しています」
——それぞれの違いについて、説明して頂けますか?
まずMTOには、“クラシック”、“プライム”の2種、ラスト・ホルダーには、“クラシック”、“ヘリテイジ”、“プリヴィレージ”、“マスターピース”の4種があります。
——MTO“クラシック”とは?
「これはギルドのなかでは最も廉価なラインで、オーソドックスな25のデザインを用意しています。フィットはナローとコンフォートの2種類、トゥの形はスクエア2種、ラウンド5種からお選び頂けます。価格は12万円~。ご注文を頂いてから作りますし、すべてハンドソーンです」
——MTO“プライム”とは?
「既存ラストをベースに、規定箇所の修正が可能なラインです。選べる革やデザインもより多くなります。靴と足が当たってしまう場所を調整できるのです。価格は15万円~となります」
——ラスト・ホルダー“クラシック”とは?
「ここからは一人一人に合わせてラストを作ります。またソール材もオークバークという高級素材となります。デザインは、クラシックな8型のみ。ラストシェルでの仮縫いが付きます。プライスは税込25万円~となります。自分の足に完璧に合った一足が欲しいが、デザインはオーソドックスなもので素材も普通でいい、という方にはこちらをおすすめしています」
———ラスト・ホルダー“ヘリテイジ”とは?
「ご自分用に削り出されたラストに、さらに多くのデザインや素材を載せられるラインです。ラストシェルに加え仮靴のフィッティングがつきます。価格は税込28万円~となります。いま大人気のホールカットやシームレス・バックなどのデザインも取り入れることができるようになりますので、オーダーの楽しさを満喫して頂けると思います」
——ラスト・ホルダー“プリヴィレージ”とは?
「更に多くの選択ができるラインです。幻の素材、ロシアンカーフ風のロシアンキップやディアスキンなど、珍しい素材も使えますし、ノルウィージャンなど特殊な製法も選べます。ソールもぐっと表情が出て来て、美しいフィドルバック(バイオリンのように絞り込まれたシェイプ)などもお楽しみ頂けます。価格は32万円〜。かなりマニアックなものまでカバーしています」
——ラスト・ホルダー“マスターピース”とは?
私自身が制作するアンリミテッドラインです。素材はクロコなどのエキゾチック系から、もう二度と手に入らないデッドストックなども使えます。また一見普通だけれども、ディテールを見ると、もの凄く凝っているようなものも作ることが可能です。“わかる人にはわかる”靴ですね。価格は41万円~となります。このクラスだと、ウエストは極限まで絞り込まれ、ヒールもごく小さく作ってあるので、靴がだんだんと、人の足の形に見えてくるのです(笑)」
——一番高い靴は、おいくらくらいなのでしょう?
「最上級クロコダイルだと、100万円以上になります。また乗馬用のロングブーツなどには、非常に高いものがあります。今までの最高は180万円くらいでしょうか?」