コロナ禍に見舞われ、日本の経済は大きなダメージを受けた。特にファッション関係の落ち込みは大変なもので、大手・中小を問わず、軒並み前年割れの厳しい状況が続いている。そんな中で唯一気を吐く売り場がある。今回のコンシェルジュ、鏡陽介さん率いる、日本橋三越本店パーソナルオーダーサロンである。国内外の一流ブランドのオーダーメイドからレディトゥウェアにいたるまで、幅広いラインアップを展開。その物量、クオリティの高さは日本有数といわれている。
*2021年に好評いただいた回のアンコール掲載です。
アンドニオ・パニコ、リヴェラーノ&リヴェラーノ、チャルディなど、最高級品を扱う“アルチザン”のカテゴリーは、前年比180%増、ジョーワークスのMTOなどを擁する靴関係に至っては、前年比800%という驚異的な数字を叩き出している。そこで今回は、こんな時代にあって売れているもの、選ぶべきものを、高級洋品のプロ中のプロである鏡さんに伺った。暗い時代を照らす、トーチとでもいうべきスタイルがここにある。
今回の Concierge
鏡陽介さん(日本橋三越本店 紳士パーソナライズオーダーバイヤー)
1979年、東京生まれ。幼少期を英国、アメリカで過ごす。中学校時代にはラグビー、高校・大学時代は柔道部に所属していた。2002年に株式会社伊勢丹(現在の株式会社三越伊勢丹)に入社し、メンズウェア一筋。その後、バイヤーに昇格。2018年4月からは日本橋三越本店に異動し、オーダーメイド分野を中心に活躍している。欧州の注文服、ラグジュアリー・クロージングについての造詣は、業界でも指折りである。
Q
「このコロナ禍で、お客様のお求めになるものは変わりましたか?」
A
「大きく変わりました。“ラグジュアリー”という言葉の意味が変わったと思います」
——大変な世の中になってしまいましたね。この1年で、お客様のお求めになるものは変わりましたか?
「大きく変わったと思います。もはやラグジュアリー・ブランドを身に着けているからといって、ラグジュアリーだという時代は終わったような気がします。残念ながら、衣料や雑貨に重きを置いていた方々が、インテリアやデジタルグッズに目を向けています。洋服のウォレット・シェアは、確実に下がりましたね。自身の生活を、本質的に豊かにしてくれるモノ・コトが、ラグジュアリーになってきていると思います」
——春夏のトレンドは、どうなっているのでしょう?
「トレンドの発信ということ自体、弱くなっています。もはや“今シーズンはコレが流行る”的な発想は通用しないのではないでしょうか? それからシーズンの概念も崩れてきています。室内にいることが多くなっているからだと思いますが、春夏の生地のシェアが高くなっています。もはやわれわれも『フレスコは夏物の生地です』とは言えないのです。どの季節に着るかは、お客様が決める時代だと思います」
Q
「現在売れているのは、どういったものですか?」
A
「それぞれのお客様が、一番好きなものをお選びになっています」
——それではいったい、どういったものが売れているのですか?
「好まれているのは、もっとリアルなもの、着やすいものです。だからといって紺やグレイばかりというわけではありません。ファンシーなカラーなども人気があります。それぞれのお客様が、それぞれの好みに合わせて、一番欲しいものをお選びになっているような状況です」
——やはりリラックス系中心で、スーツは全滅ですか?
「そんなことはありません。コロナのあと、ビジネススーツの必然性はなくなった分、スーツは趣味の世界となって、逆にもっと研ぎ澄まされた感があります。レディトゥウエアのスーツを買われていた方が、オーダーメイドの世界に移られ、本当に自分の好きなものを誂われています。“トレンドだから・・”という理由で買い物をされる方は、少なくなりました。もともとオーダーの世界では、それぞれのテーラーのハウススタイルによって、ラペル幅やボタン数もバラバラで、いわばそのテーラーが自分に合っているのかどうか、ということが大切だったのです」
――なるほど、より多様化していると・・
「そして原点回帰しているともいえます。お客様は、より価値のある服を求めています。われわれのコンペティターは、以前は同業の百貨店やセレクトショップが主でしたが、いまは高級古着店と競合することが多いのです。お客様は、服にも資産価値を見出されており、新品でも古着として売れそうなものが売れる傾向があります。それがパニコやリヴェラーノといったブランドです。長く着られて、ヴィンテージ的な価値を持つものが見直されています」
Q
「オンライン・ミーティングで、どんな格好をすればいいですか?」
A
「Tシャツ1枚はおすすめしません。ニットやオーバーシャツはいかがでしょう」
――さて、具体的におすすめのもの、売れているものを教えて頂けますか?
「まずはニット系です。便利なのは、アンサンブル・ニットです。私が今着ているのは、ポロシャツとカーディガンを、同じ色、同じ素材で揃えたものです。素材はかなりファインなウールで、肌触りも素晴らしい。今は一生懸命がんばっておしゃれをするというよりも、シンプルに着回せる服が好まれています。オンラインによるミーティングにもぴったりです。最近、『家の中で仕事をするときに、どんな格好をしたらいいのかわからない』というお問い合わせをよく頂きますが、そんなときにこういったアンサンブルは自然です」
――ウエストを紐やゴムで縛る、ラクチンなドローストリング・パンツが売れていると聞きますが・・
「今の時代の、アイコニックなアイテムだと思います。ただし、あくまでもクオリティが高いものに限ります。ルビナッチやリヴェラーノなど、格式の高いテーラーからもドローストリング・パンツがたくさん出てきています。そこが今までと違うところですね。彼らの本店のディスプレイでも、大きく飾られていました」
――私はどうも在宅だと、Tシャツばかりになってしまいがちで・・
「そんなときは、Tシャツの上から羽織れるリネン素材のオーバーシャツがあると便利です。オンライン・ミーティングのときも、普通のドレスシャツだとやや堅苦しい印象になりがちです。しかしTシャツ1枚だとカジュアルすぎる。やはりTシャツやトレーナーでは、地位のある方の装いとして、問題がありますから。そんな場合に、オーバーシャツを重ねると、ちょうどよく見えるものです」
――ボーダーのニットは“あり”ですか?
「アンダーソン&シェパード ハバダッシャリのボーダーニットは、いまとても売れている商品です。ロングスリーブで、首元の開きも小さいところがポイントです。オリジナルのバスクシャツだと、やや首元が開きすぎていますから。これはインナーとしても使い勝手がいいので、大変人気があります。このブランドは、製品を作るときに、まず一番いいものを考える。そして後から値段をつけるのです。だからクオリティは常にベストなのです」
――カジュアルなジャケットで、何かおすすめはありますか?
「シャツ屋の作ったアウターに注目しています。このサファリ・ジャケットはナポリのカミチェリア、アンティカ カミチェリア ロンバルディが作ったものですが、独特のリラックス感があります。サファリ・ジャケットは相変わらず人気なのですが、テーラード屋が作ると、どこか堅くなってしまいます。リラックスウエアは、シャツ屋のほうが上手いですね」